見物人の頭のなか

映画と美術展などの感想。

のめりこめないということ。

のめりこめないのはなぜ?

ふと我に返る瞬間がある。これをして何になるんだろうって。目的を考えてしまうときがある。

すると、プロになれるわけでもないんだし、やってても意味ないのかなと思い辞めてしまう。

→プロになれるわけでもないんだし、やってても意味ないと思うのはどうして?

わからない。

→のめりこめないのはいつから?

たぶん高校の時から

 

自分が楽しいと思って始めたこともいつからか義務になる。

内的な動機づけに外的な動機づけが加わったとたん、それは労働だ。

 

私は自分のやる気を保とうとして、外的動機づけをつけようとしてしまう。

例えば、プログラミングに感動してやってみたいと始めてみても、そこに転職に有利だからこの分野を勉強しようとかのぶら下げを付加してしまう。

 

それは有効に働く場合もある。

ただ、それに気を取られていると本来の気持ちがおざなりになり、目的がすり替わってしまう。つまり、知的好奇心を満たすためから、仕事に活かすためへ。内的動機づけから外的動機づけへの意識転換。

その瞬間、私ははっとする。

 

あれ、何のためにやってたんだっけ?

 

目的を考えだす。後付け理論を考えだす、そして空しくなってやめる。

 

のめりこみたいのに。自分の感情に素直になりたいのに。